17日
無意識に受けているプレッシャーや他者からの期待というものにじわじわとストレスを感じている、ということだけ感じつつ。これってどこまでが私の仕事なのだろう?。合理的な解決はないということだけが、永遠にある。最初にルールを敷いておく、そこからはみ出てしまうかもしれないし、その線よりもっと内側に行ってしまうかもしれないけれど。セーフティラインがないという状態が何よりもの理不尽だと思う。
18日
Nさんが来てくれる。先週あった時より落ち着いていそうで本当に良かった。一泊して明日もいてくれるらしい。限りなくオブザーブしてくれるということが、どんなにありがたいことか。。
19日
稽古終わりに垣尾さんとオオハラに行く。
21日
空地文庫オープン。筒井さんの朝読書のため、朝の9時にオープンさせる。前日飲んでいたり、今週の疲れ多々など、低血圧でフラフラしながら筒井さんを迎え入れる。
ポツポツと人が来てくれて、最後はみんなで何を読んだかを話す。水俣帰りのゆきのちゃんが水俣旅行を自分たちでまとめたZINEと、水俣に関する本を持って来てくれた。昔CAPの古本屋さんで買った水俣の本を読んだことがある。当時の人権の危うさにハッとさせられる。しかし沖縄の基地からの水質汚染など、別に今全てがクリーンなわけでは全くない。
何かに対して正義や信念を持つことはとても強く尊いけど、一方で何かをなぎ倒している気もする。圧倒的な悪者も善人もそもそもいない。
読書会の後、すぐに具合が悪くなってお店をしめる。
22日
朝一でまそが東京から帰還。
お昼にカレーを食べようとしたら、変な味がするとまそが言うが、気にせず食べていると、あれ?気持ち悪い、、(そしてトイレに駆け込みリバース、、)
私が胃腸炎なのか、カレーがやばかったのか(まそは結局2杯食べていたが、大丈夫だった。)わからないが、私は苦しみもなくつるっと吐けてちょっとスッキリ。しかしお腹はピーピーで本日も寝込むことになる。
23日
空地文庫を開けようと思っていたが、お腹が心配もあり、おやすみさせて貰う。
眞鍋さんが前に言っていて気になっていたバタフライエフェクトを契約してしまう。大東亜共栄圏の回があり、みる。日清戦争後の好景気から、日露戦争での負債や関東大震災など国が逼迫する中で、共栄圏に対する意味合いがどんどん変わって行く。
最初の頃なんか日本では共栄圏のすごろくを作って子どもたちが遊んでいたらしい。東南アジアの言葉を学ぶのが流行するなど、日本人の興味が共栄圏に向く一方で、現地の人に日本語教育をしたり、体操や武道を教えるなどの皇民化も進める(そのことに友好的な国もあれば最初から反発が起こる国もある)。戦況が悪化する中で共栄圏内の国々とも関係が悪化して行く。そこには強調も共存も存在せず、ただただ日本のアジア支配の実態だけが露呈して行く。
他者を支配せず、抑圧せず、暴力を振るわずに生きて行くにはどうしたら良いんだろう。正義のように語られる言葉は何かを隠しているんだろうか。今こうして生きている中でも、結局世界情勢のギブアンドテイクの中で生きていて、綺麗事だけでは語ることのできない、誰かに責任を押しつけてその恩恵をもらっている。